【随時更新】遼太郎の樽徳野球部 奮闘記

9年前。甲子園にあと一歩届かず。

あとアウト一つ取れなかった悔しさを、社会人の場でぶつけます。

社長から、人材集め、ユニホーム作り、チームマネジメントなど、一任されました。

このページでは、部員一人からの奮闘記をお届けしたいと思います。

 

【2024年2月21日】

野球の動きには投げる動作も打つ動作も「体重移動」と「回転」があります。

この「体重移動」の「回転」の精度を上げることが上達への近道となります。

「体重移動」と「回転」をどうすれば鍛えられるのか。

それは「股関節理論」だと思います。

その理由は、股関節のズレを整え可動域を広げる事により、骨盤後傾きを改善し、

 

しなやかで疲れにくい体に生まれ変わっていくからのなのです。

【2023年12月18日】

樽徳商店の小西です。

自己紹介がまだだったので、軽く説明させていただきます。

出身は和歌山県で、高校に入学する際、                                                    

大分県の明豊高校というところに野球留学しに行きました。

高校3年、夏の大会では予選決勝まで駒を進め、試合は両チーム

劣勢で6回まで1-1の同点のなか7回表明豊が2点を失ったが、

その直後7回裏に本塁打も絡み3点を挙げ逆転に成功。

8回にも効果的なダメ押しの1点を加え、2点リードで最終回を迎えた。

簡単に二死を取った。甲子園まであとアウト一つ、そしてあと一球まで迫った。

しかし、相手打者が放ったなんでもない一塁ゴロがベース前でイレギュラーして

出塁を許してしまう。

続く打者がライト前に運び、二死一・二塁。一塁走者の生還さえ許さなければ大丈夫

という状況で、あと一球という思いから打球はセンターのグラブをかすめて越えていき、

走者ふたりが同点のホームへ。延長10回には4番打者に勝ち越しタイムリーを許し、まさかの逆転負けを喫してしまうのであった。

 

結果的に人間の未熟さが出てしまったのである。

【1113日】

まず初めに草野球チーム作ろう、と思った時に人を集める前に決めておきたいことがあります。

それは、どんな野球チームにしたいのかということ。

例えば、連盟に加入をして上を目指していくのか、それとも緩めに楽しむための野球にしたいのか。

どんなレベルでチームを作りたいのか、これをハッキリとさせておくことが大切だと考えます。

自分が思うに、まず人数を集めて試合をすることを優先し、次にレベルの高いチームを目指し、

なおかつ、樽徳商店という会社の良さを野球で通して知っていただきたいと考えます。

野球というのは、人と人の繋がりとても大事なことで、言葉を喋らなくても相手の性格や本質などが

わかるスポーツです。

仕事も野球も両立できるように、これからも日々精進し、邁進してまいります。

 

(ゼロから始める野球チーム)